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横浜地方裁判所 昭和50年(ワ)927号 判決

原告 権田金属工業株式会社

右代表者代表取締役 権田忠志

右訴訟代理人弁護士 稲木俊介

同 若林三郎

同 稲木延雄

被告 さいわい幼稚園

右代表者園長 長谷川雷助

右訴訟代理人弁護士 佐藤豁

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一中間の争いについての当事者の申立及び主張

一  原告の中間判決の申立

被告に訴訟当事者能力がある。

との判決を求める。

二  原告の主張

被告は、昭和三一年三月三一日、神奈川県知事から設置の認可を受けた幼稚園で、横浜市西区南幸二丁目九番地八、一二所在家屋番号同所二丁目九番八の二、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建幼稚園一棟、床面積一〇七・〇四平方メートル(以下、本件建物という。)及び同所二丁目八番一三宅地八七・七六平方メートル(以下、本件宅地という。)を園舎園地として幼児教育を行うため必要とする主たる物的施設としている。これら物的施設及びその他の設備等は、幼稚園事業の目的に供される財産として出捐者の財産から分離され独立していたが、被告は、学校教育法一〇二条の経過措置により、学校法人としてではなく、訴外工藤卓爾を名義上の設立者として個人としての設置認可を受け、又、権利能力がなかったので、本件建物及び土地の所有名義人を右工藤とし、同人が死亡した後昭和四九年一二月一八日以降は訴外藤澤広一とした。しかしながら、本件建物及び宅地を含めて右財産は、右工藤、藤澤ないしは、同人らが会長となった訴外自治会の所有ではなく、独立した幼稚園事業の目的財産であって、被告は、右目的財産を運営管理し、恒久的に幼稚園事業を行うために代表者園長を置く。すなわち、被告は、非法人ではあるが、法人格を有する幼稚園とかわらない物的施設、設備を有し、人的構成を置き財団法人としての実体を備えている民訴法四六条にいわゆる権利能力なき財団である。

三  被告の主張

(一)  右二の事実のうち、被告が幼児教育を目的とし、訴外工藤名義で神奈川県知事から設置の認可を受けた幼稚園で本件建物及び宅地を物的施設とし、その登記簿上の所有名義人が原告主張のとおりである事実は認め、その余は否認する。

(二)  被告は、昭和三〇年当時の訴外横浜市西区南幸自治会(以下、訴外自治会という。)が権利能力を有しないため便宜上当時の会長であった訴外工藤卓爾名をもって昭和三一年二月一八日神奈川県知事に対し設置認可申請をなし、同年三月三一日神奈川県知事の認可を得て訴外自治会が設置したものである。訴外自治会規約は、その第六条に幼稚園部が幼稚園の運営に関する事項を実施する旨、又、第一一条に幼稚園部は会長直轄のもと園長をして代理せしむる事ができる旨各規定しているが、被告は、訴外自治会の職員である園長によって管理され、その経理は、一応特別勘定を設けて処理しているが、経常費の不足分や備品設備費等の臨時多額の支出を伴う経費は、すべて訴外自治会が負担している。その園舎である本件建物は昭和三〇年四月訴外自治会がその資金で建築したものであり、園地である本件宅地も昭和三五年一一月二四日訴外自治会が所有者である横浜市から買受けたものであって、いずれも訴外自治会の所有に属するものであるところ、訴外自治会が権利能力を有しないためその所有名義人をいずれも当時の訴外自治会長工藤とし、その後、現会長藤澤広一としたものであり、更に、本件建物の敷地である宅地一八九・九八平方メートルも訴外自治会が訴外荒井登から賃借して管理しているものである。

以上のとおり、被告は、訴外自治会が設置管理しているものであって、いわゆる権利能力なき財団にはあたらないものであり、当事者能力を有しないものである。

第二本案についての当事者の申立

一  原告

(一)  被告は原告に対し別紙物件目録記載の土地上にある鉄棒二台及び渡り鉄棒二台を収去して右土地を明渡せ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三本案についての当事者の主張

一  請求原因

(一)  別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)は、訴外権田藤三郎の所有であったが、昭和二五年九月一一日同人の死亡により、妻である訴外権田モトといずれも養子である原告代表者権田忠志、訴外権田信子がこれを相続取得し、更に、昭和二八年一月二七日モトの死亡により、忠志、信子の両名がモトの持分権を相続取得した。

(二)  原告は、昭和四二年七月二八日、右忠志、信子の両名から本件土地を買い受けた。

(三)  被告は、本件土地上に鉄棒二台及び渡り鉄棒二台を設置し、本件土地を被告の園児の遊び場として占有している。

なお、右忠志、信子の両名は被告に対し、昭和三〇年二月一〇日、本件土地を無償で使用させたが、右使用貸借は本件土地を右忠志、信子の両名から取得した原告には対抗しえないものである。

(四)  仮に、右使用貸借契約が原告に対し対抗しうるものであったとしても

1 原告は、昭和五一年二月一七日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、本件土地の返還を請求した。なお、右契約は、昭和三〇年当時の訴外自治会長であった訴外工藤が南幸町内住民の子女の幼児教育のため被告幼稚園の設立を計画し本件土地を幼稚園児の遊び場として使用したい旨申入れたのに対し、右忠志、信子の両名が町民としてこれに協力して承諾し、成立するに至ったものである。ところが、現在、右契約締結時から既に二〇年を経過し、かつ本件土地周辺は商業地域として発達し横浜市内随一の繁栄地域となったため、当初すべて町内住民の子女であった被告園児も現在では約三分の一が町内住民の子女にすぎずその余は他町の子女となり、また、右忠志、信子両名も昭和四二年一〇月には川崎市に転居しており、更に、本件土地の地価は三・三平方メートル当り一〇〇ないし二〇〇万円にまで高騰するに至っている。原告は、伸銅業界の不況のため昭和五〇年九月決算期に約九〇〇〇万円の損金を出し、その後、毎月約一〇〇〇万円の損金を出し続け、本件土地を売却等しなければならない事態にたちいたった。右期間の経過、地域事情の変化及び原、被告の現状からするときは、右使用貸借契約は契約に定めた使用収益を終ったもの、少くとも使用収益に定めた目的に従い使用収益をするに足りる期間を経過したものである。

2 仮に、右の主張が認められないとしても

(1) 原告は、昭和四九年三月一五日、横浜西簡易裁判所に被告を相手方として本件土地明渡の調停を申立てたが、被告は、右調停の際から現在まで、訴外自治会が訴外権田モト、同忠志、同信子から贈与を受けたとして本件土地につき所有権を主張し、原告の所有権取得を争っている。右の被告の行為は使用貸借契約の基礎をなす当事者双方の信頼関係を破壊する行為である。

(2) 原告は、昭和五一年二月一七日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

よつて、原告は被告に対し、主位的には所有権に基づき、予備的には使用貸借契約終了による原状回復として、右鉄棒二台及び渡り鉄棒二台の収去並びに本件土地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。訴外権田モトは、昭和二六年六月一八日、藤三郎の相続人であるモト、忠志及び信子を代表して訴外自治会の前身である訴外南幸町防火防犯組合に対し本件土地を子供の遊び場として使用するという負担付で贈与し、忠志、信子の両名も右贈与につき異議がなかった。

(三)  同(三)の事実のうち、本件土地上に鉄棒二台及び渡り鉄棒二台が設置され本件土地が被告園児の遊び場となっている事実は認め、その余は否認する。右鉄棒等は訴外自治会が設置したものであり、本件土地も訴外自治会が前身である訴外南幸町防火防犯組合から承継した所有権に基づいて占有しているものであり、園長はその占有補助者にすぎない。仮に、右贈与が認められないとしても、訴外権田モトは、昭和二六年六月一八日、藤三郎の相続人であるモト、忠志及び信子の三名を代表して訴外自治会の前身である訴外南幸町防火防犯組合に対し、本件土地をその使用目的を子供の遊び場とし、期間を右遊び場存続の間と定めて無償で、貸し与えた。又、モト死亡後、忠志、信子の両名は、昭和三〇年二月一〇日及び昭和三一年二月一〇日の再度に亘り、訴外自治会に対し、本件土地を使用目的、期間を右と同様と定め、無償で貸し与えた。訴外自治会は、少くとも右使用貸借に基づいて本件土地を占有しているものである。

第四証拠《省略》

第五当裁判所の措置

当裁判所は、右第二及び第三のほか、弁論を第一の中間の争いの点に制限し、中間判決のため弁論を終結した。

理由

一  一般に民訴法四六条にいわゆる権利能力なき財団とは、ある一定の目的のために結合された財産で、出捐者から分離独立して存在し、これを運営管理する独立の機構を持っているものであるが、主務官庁の認可がないため法人格を取得するに至っていないものと解される。

二  そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外自治会は、旧名称を南幸町自治会といい、昭和二六年、会員相互の親睦、生活の改善、文化の向上、福利厚生を図り、特に幼児の育成愛護に尽し以って明朗な町にすることを目的として設立された、現在の横浜市西区南幸一丁目、二丁目居住の賛同者を会員とする任意団体であるが、個々の構成員から独立して右目的を達成するための社会的活動を行い、団体としての組織を備え、代表の方法、総会の運営、財産の管理方法等を規約によって確定し、現実に多額の資産を所有し、収支等経理の状況も活溌で、役員を置くのみならず職員をも雇傭し、広汎な自治会活動を行なっており、その実体は社団であるにもかかわらず法人格を有しないものである。

(二)  被告は、訴外自治会がその目的の一つである幼児の育成愛護のため設置した幼稚園であるので、学校教育法一〇二条の経過措置により、学校法人としてではなく、当時の訴外自治会長工藤卓爾を名義上の設立者として同年二月一八日神奈川県知事に対し設置認可申請をなし、同年三月三一日同知事から右個人としての設置の認可を得たものである(訴外工藤名義で設置認可申請がなされ、知事から認可を得たことは当事者間に争いがない。)。

(三)  被告が園舎として使用する本件建物は、昭和二九年頃、訴外自治会によって建築され、訴外自治会に権利能力がないため、当時の訴外自治会長工藤名義で昭和三〇年四月二日保存登記がなされたが、同人死亡後、訴外自治会長の変更に対応して昭和四九年一二月一八日、同人から会長藤澤に昭和四六年五月一日付贈与を原因とする所有権移転登記がなされた(登記名義に関する事実は当事者間に争いがない。)。そして、訴外自治会は、本件建物を自治会の会合等に使用してきたところ、自治会の会合等には、夜間の使用が多いので、幼稚園設置後は本件建物を園舎としても使用し、さしたる支障もなく現在に至っている。又、本件建物の修理等は、幼稚園としての使用に伴う些細な支出については被告の経理として処理されているが、その余はすべて訴外自治会において支弁している。

(四)  本件建物の敷地は、訴外自治会が訴外荒井登より無償で借受けたが、その後、賃貸借契約を締結して、以来訴外自治会において賃料を支払っている。

(五)  運動場である本件宅地は、訴外自治会が昭和三五年一一月二四日横浜市から買受けた宅地の土地区画整理法に基づく換地であるがその所有名義人も前記(四)と同一経過で現会長藤澤に移転されている(登記名義に関する事実は当事者間に争いがない。)。

(六)  訴外自治会の昭和四六年九月一日改正の規約は、幼稚園の運営に関する事項を実施するため訴外自治会に幼稚園部を置くこと、又、第一一条において幼稚園部は会長直轄のもと園長をして代理せしむることができることをそれぞれ規定し、被告の園長長谷川雷助は被告設置時に当時の訴外自治会長工藤から園長を依嘱された職員である。

(七)  被告の経理は、収支の均衡を図るため、一応、独立採算制の形式によっているが、入園料、保育料、教職員の給与等の額を決定し、又、被告の予算、決算を作成するについては、園長は訴外自治会長の委任を受け、その代理人として行ない、予算、決算は訴外自治会に報告を要することになっており、経常費に不足が生じたときは訴外自治会から補填されることになっている。

三  いずれも成立に争いのない甲第一一ないし第一三号証の各二中には、被告から訴外自治会に対する本件建物賃料の支出の記載があるが、被告代表者尋問の結果によれば、右は被告の経理上訴外自治会へ支出される本件建物修理費用積立金を賃料と記載したものである事実が認められるので、右甲号各証の記載は前記認定を左右するものではなく、又、いずれも成立につき争いのない甲第一一ないし第一三号証の各八には、本件建物、本件宅地、本件建物敷地の借地権が被告資産として記載されているが、被告代表者尋問の結果によれば、右甲号各証はいずれも神奈川県総務部学事宗教課に提出された被告の貸借対照表であり、同表の右のとおりの記載は幼児教育を行なうため必要とされる物的施設を充実したものの如き外観を装うため、被告代表者が便宜記載したものにすぎず、右不動産が訴外自治会の資産であることを否定したり、又、実質上訴外自治会の資産から独立した被告の資産であることを明らかにする趣旨で記載したものではない事実が認められるので、右甲号各証の記載も前記認定を左右するものではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四  以上の事実によれば、本件土地を除く被告の運動場、園舎及びその敷地借地権等被告の物的施設、その他の設備は、その実態において設置者である訴外自治会の財産から分離独立した財産の結合とみることはできず、又、園長を代表者として右物的施設、設備等の管理者とみることも到底できないのであって、結局、被告は、権利能力なき財団にはあたらず、権利能力なき社団である訴外自治会が管理運営するものであって、当事者能力を有しないものである。

五  そうすると、本件中間の争いにつき、被告に当事者能力がなく、中間の争いについての原告の申立は理由がないことになるが、右申立は職権の発動を促すに過ぎないから、これにつき何の裁判もしない。しかし、その帰結として、原告の本訴請求自体が、不適法であって却下を免れず、本件訴訟につき右のとおりの終局判決をなすに熟することとなる。

よって、原告の本訴請求を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高瀬秀雄 裁判官 江田五月 裁判官清水篤は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 高瀬秀雄)

〈以下省略〉

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